職人醤油 誕生ヒストリー 6

 最終的に残った10個くらいのリストを友人と眺めていると、「醤油」なんて面白いんじゃない?!って友人が一言・・・そういえば、私の母がインターネットで初めて購入したものも醤油だったなぁ・・・。

 私が学生時代にあった母からの電話。「インターネットで買いたいものがあるんだけど、クレジットカードの番号って入力して大丈夫なの???」というものでした。当時は、母親がインターネットをしていることさえ驚きだったのに、買い物までしようとしていることにさらにビックリして・・・ということを思い出し、醤油業界を調べてみようと思ったのでした。

職人醤油 誕生ヒストリー 5

 日本中を旅してきてストックしていた資料やメモ書きから伝統産業・地域産業に関連するキーワードをピックアップしていきました。「焼き物・たわし・日本酒・宿場町・・・」など、商材だったり、カテゴリーだったりと目に付いたままにランダムに書き連ねていきました。最終的には300くらいになったと記憶しています。

 その中から、今の自分に手掛けることができるものという基準で絞り込んでいきました。その際に重要視した条件としては、「日本人に欠かせないもの」「消費者視点から見たときに、量産されたものと、そうでないものの境目が曖昧そうなもの」などが最後にはしっくりきました。 その中の一つに「醤油」が入っていることになるのですが・・・

職人醤油 誕生ヒストリー 4

 退職日の三日後の結婚式。 こうなれば、すべてを便乗さえてしまえと、新婚旅行は車で日本を回ることになりました。私の退職と同時に妻も仕事を辞めていたので、二人して結婚式の時は無職。その後、3ヶ月かけて北は北海道から西は九州まで車でぷらぷら歩き回っていました。

 その中で感じたこと。伝統産業・地場産業に関わっている人が共通して言うことに、「自分達は作っているものには自信を持っている。ただ、中国の製品だったり、大量生産されたものに押されているというもの現実・・・要は売れなくて困っているけど、自分達は職人であって商人ではない。できることなら、ものづくりに専念できるのが理想なのだけどなぁ・・・」「儲からない産業だから、自分の息子に胸をはってバトンタッチできない、したくない・・・」という声でした。 ここって自分が関わることが出来るのでは?確信めいたものが生まれてきて、本格的にこの分野に足を踏み入れようと決意したのでした。

職人醤油 誕生ヒストリー 3

 そうだ、探せばいいんだと、机に向かって考えはじめてみましたが、当然何かがぽっと出てくるわけではありません。そこでこんな考え方をしてみました。今まで3年間営業マンとして生活してきて、さらに営業の奥深さを感じていましたが、「仮に自分に営業の力があるとしよう。」そうしたときに、「営業の力が足りなくて困っている業界や分野はどんなところがあるんだろう・・・」

 思いつくままにリストアップしていって、そのリストを眺めていると、ふと目にとまったのが「伝統産業」「地域産業」。論理的にこうだってものではなくて、なんとなく目がとまったという感じでした。お洒落なパスタ屋さんに行くよりも、老舗の蕎麦屋さんに行くほうが好きだなって、そんな感じでした・・・

職人醤油 誕生ヒストリー 2

 3年目を迎えようとしていた2006年1月。心は独立して自分の道を歩んで行ってみたいと感じていましたが、まだこの時点でも特に何をして仕事としていくか?全く定まっていませんでした。そんな時に、ある文章に出会う。アップルの創業者スティーブ・ジョブズの卒業祝賀スピーチ(2005年6月12日、スタンフォード大学)。

 「自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。」そして、独立を決意。

職人醤油 誕生ヒストリー 1

 各地の蔵を訪問して、起業前の話をすると驚かれることが多くあります・・・取材を受けていても、「前職も醤油に関係が・・・」とか、「食品とか流通関連ですか・・・」と質問いただくことが多いのですが、実際はデジタル顕微鏡の営業マン。 キーエンスという会社で2003年当時に開発段階にあった、液晶やプラズマテレビ、ブルーレイディスクなどの研究者の方をお客さんとして、ミクロの世界に没頭する日々を過ごしていました。

 ものづくりに関わるという点では共通していても、扱っているものは正反対。キーエンスは今でも大好きな会社なのですが、入社前は「厳しい会社だ!」と噂されていた会社でした。先輩からこんなメッセージをいただいたのを覚えています。「石の上にも三年っていうけどな・・・あれはなかなか真理だと思うよ。」と・・・どんなに辛いことがあっても、絶対に3年間は辞めないということと、同時に、3年たった時点でどうするか改めて考えようって決心してのスタートでした。