南蔵商店(愛知県武豊町)/大切なのは香り

南蔵商店

温かい栗の香りに包まれているような心地よさ。一番驚いたのがこの室の中の香り。「3代目のときから科学的なデータをとるようになってきました。良い時になぜ良いのか?先代からも麹と蔵の中の香りに注意しろよとしきりに言われてきました。」温度管理が一番大切でしっかりと乳酸菌を育ててあげる。先代は最高の麹をつくりたいと口にしながら、味噌玉を割った時の感覚と香りを注意深く確認していたといいます。

南蔵商店
http://www.s-shoyu.com/minamigura/index.html

南蔵商店(愛知県武豊町)/絶妙な二人

南蔵商店

商品を絞り込むこと。これがなかなか難しい。長い歴史があれば、いろいろな事情がある。出荷量は少ないけど馴染みのお客さんがいるから。と、こんな例は実際多い。「あれつくれ!」「もっと安いのつくれ!」と、たくさんの声が寄せられていたと思う。でも、それに応えてくと、そっちしか売れなくなってしまう気がして・・・奥様は明るくてよく笑う。ご主人は少し寡黙な職人気質。価値あるものをつくっているという自信があるから頑張れる。

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ミツル醤油さんとヤマロク醤油さん

ミツル醤油とヤマロク醤油

同じつくり手でもアプローチの仕方が違うもの。個性の違いといえばその通りだけど、例えばこの二人。ミツル醤油の城さんは東京農業大学の醸造学科出身で、学生の時から全国の蔵元に修業にでかけるほど。醸造の知識は理論と実地含めて相当すごくて、どんな質問をぶつけても大抵は返ってくる。今年も桶によって種麹を2種類使い分けて、どのような変化になるか試しているらしい。ここまで研究熱心なつくり手はそうそういない。

一方、ヤマロク醤油の山本さんは佃煮メーカーの営業マンを経て醤油づくりの道に。目の前の醤油の状況に先入観なしにいろいろ試してみる。業界の常識からすると思いつかないようなことも、結果としてよい方法だったりする。二人に共通するのはあくなき挑戦を積み重ねているということ。年齢差とかも関係なしに、この二人がガチンコで意見をぶつけ合っている。見ていてハラハラするけど本当に気持ちがいい。

地元密着の桑田醤油さん(山口県防府市)

桑田醤油

台所に勝手に入れるというのは珍しい。地方の醤油メーカーでは配達がまだまだ続いています。台所の一升瓶を交換していくこともあれば、玄関先で「もう配達にきたの?」「もうすぐ醤油切れるはずよ。見てみー(こんなかんじの方言。うる覚え)。」「あれ?本当?!・・・本当だわぁ〜」なんてこともあるほどに、本人よりも使用量を把握している存在。そして、客先が留守なら玄関先に置いてくるで成り立ってしまう関係性。

この緑のファイルを開けば、どの家庭に何本の醤油を納めたかが細かく書き記されている。一日に数十件配達するそうですが、最初は一日かかっていたものの慣れれば午前中でまわれるようになるらしい。頭の中で計算してみる。数分に一軒ペース。これは地図を見ている時間も緑のファイルを開いている時間もないはず。きっと頭に全部入っている。単に顔が見える関係よりも、一歩も二歩も入り込んで知っている関係。地元に密着して信頼される醤油蔵。

七福醸造の鈴木工場長

七福醸造

この笑顔に最初に出会ったのは5年ほど前の2009年。相変わらず約束もせずに飛び込みでの訪問だったと思います。車を停めて事務所はどこかと歩いていると、荷物を運ぶフォークリフトが向かってきます。明らかに荷物を下ろす場所でないところで止まり、作業員の方が地面に降り立つ。「いらっしゃいませ!」と、こちらの背筋が伸びるほどの挨拶。ふいをつかれて「?」が頭をよぎる。挨拶するためにわざわざ降りたの???

これが七福醸造さんとの最初の出会い。「さっきこんな風に挨拶されたんですけど・・・」と伝えると、普通ですよ。と軽く返答してくれたのが、この笑顔の主である鈴木さん。ずっと印象に残っていたのですが、先日、「工場長になりました!」とメールをいただき再訪問。若き工場長に秘訣を伺うと、「コネですよ!コネ。」と笑いつつも、「3年間は絶対に不平不満を言わない。」これは決めていたそうです。魅力満載の白醤油メーカー。

岡本醤油さんとヤマロクさん

岡本醤油×ヤマロク醤油

醤油屋さんが醤油屋さんに行くこと。なんとなく暗黙のタブーみたいな風潮がある気がします。同業者の集まりなどで顔見知りであっても製造現場の深いところまでは知らない。確かに一昔前であれば商圏が重なっているライバル同志。手の内を隠すのは当然だったかもしれませんが、今となっては、なんとなく理由もなく遠慮しているような・・・そんな気もします。

2日前まで長崎県のチョーコー醤油さんを終点に各地の醤油屋さんを転々としてきました。いつもと違うのは小豆島のヤマロク醤油の山本さんも一緒だったということ。一軒目は広島県の岡本醤油さん。お昼をご一緒させていただき、通常通りの仕込みを見学。そして、隠し事一切なしでお互いの持論をぶつけ合う。原料の選定から仕込みや撹拌の仕方、重要視する指標や大切にしている考え方など。「なるほど〜!」「へ〜!それはうちはやっていなかった・・・」本気で取り組んでいるつくり手同志の会話はとても深い。

まるや八丁味噌 その3

まるや八丁味噌

顔の話をよくする浅井社長。「お金がないと知恵がでてくるよ。だけど、顔が貧乏ではいけないよね。」「売上金額を目標にすると顔が歪んでくる。」そして、人の採用には力を入れているんだとのこと。ここでもお金をかけて人を募集するというよりは、人の紹介の連鎖。定年はない。75歳の営業マンが働けていることが嬉しいと語っているそうで、「いつまで働いていいんですか?」「そりゃあ、明後日死ぬのが分かっているなら明日までだな!」と笑っているそうです。

うちの給料は決して高くない。だけど、絶対に下げない。500万円が800万円になっても大きく変わらないのさ。だけど、800万円が500万円になると大変だよ。だから、絶対に下げない。納税もそう。毎年必ず治めることを課していて、事業拡大よりも毎年継続して黒字で決算を迎えることが大切。人は減らさないし、給料も下げない。その体制をささえているのが質素・倹約・しつけ。とてもシンプルで分かりやすい。

まるや八丁味噌 その2

まるや八丁味噌

「10年くらい前から広告してないんだよ。」から始まる話。ちょうどその時に道を挟んで反対側にある味噌屋さんであるカクキューの社長が道を歩いているのを見つけて、「おぉ!」と手をふる浅井社長。両社はライバルや敵という関係ではなくて信頼しあっている関係なんだよということで、お互いの工場案内パンフレットにはお互いのことが掲載されているのだとか。戦うのではなくカクキューが出ていないところに出ていこうとしているんだと浅井社長。

海外にも単身乗り込んでいき甲冑を来てPR。日本の鎧を前に現地の方も人だかりになるとか。そして、現地の営業マンに同行して飲食店を訪問しながらの同行販売。広告にお金を注ぎ込むよりも「知ってもらうこと」に同じお金を使いたいんだ。試食販売なども喜んで立っているそうで、県外に出張で行って、お店の閉店が20時だとわかるとギリギリまでしていたい。電車の時間があればそのギリギリまで30分でももったいないよね。一番働くのは社長じゃなくちゃいけない。

まるや八丁味噌 その1

まるや八丁味噌

三州三河みりんの角谷さんにご紹介いただき、まるや八丁味噌さんを訪問。「八丁味噌」というブランドが有名で愛知県の味噌といえばの存在。岡崎城から八丁の位置にあることが由来なので、八丁味噌を名乗れるのは二社のみ。大豆を主原料とした豆味噌で、溜醤油で有名な武豊町でもつくられている味噌と同様。もう一社はカクキュー味噌さんで、まるや八丁味噌から車で1分かからない距離。

今回の工場見学は浅井社長直々にご案内いただいたのですが普通の蔵見学と違いました。2時間あまりにわたって話を伺っていたのですが、八丁味噌に関する専門的な話は5%くらいで、大部分は浅井社長の仕事論。ただ、工場に到着して直ぐに八丁味噌の特徴と製法が上手に解説されているビデオを見せていただいたので、しっかりと理解できて、その上で浅井社長の世界観を伺うことができて、終いには事務所の中まで見学させていただき・・・普通とはひと味違う蔵見学に大満足。

東の桶は大きい/タイヘイさん訪問 その2

タイヘイの桶

東の桶は大きくて西の桶は小さい。特に千葉県を中心として関東地域の桶は巨大で50石〜60石の大きさのものも珍しくありません。1石は約180リットルなので、60石は一万リットルを超えてくる計算に。見た目も巨大なのですが、もうひとつ目を見張るほど大きいのが箍(たが)。桶の周囲を取り囲んでいる竹のことで、桶の形を保つのに欠かせない存在。桶が大きいということはこの箍も大きくなり、原料となる竹も太くて長いものが必要になります。

タイヘイさんと生活クラブさんとの提携30周年を記念して、50石の新桶づくりプロジェクトが立ち上がったそうです。その時の一番の懸念事項が箍。昔は九州で良い竹がとれて専門の職人さんも多くいたそうですが、今となってはそのような桶職人を支える職人さんも皆無なので、栃木県の竹を使用することになったそうです。ただ、現役の桶が纏っているような太くて長い竹は入手できなかったようで、何度も何度も編み直しで苦労したそうです。